2011/01/28

第24回MS もりや 櫟(くぬぎ)氏/童謡・唱歌の意義と役割

タイトル:支童謡・唱歌の意義と役割
講師:もりや 櫟(くぬぎ)氏/童謡・唱歌・叙情歌 歌手
日時:2011年1月28日(金)6:30~7:30
会場:逗子キングプラザ4F


もりや 櫟(くぬぎ)氏 プロフィール
洗足学園音楽大学音楽学部声楽科卒業。童謡・唱歌・叙情歌を国内外の各地で演奏する傍ら、イベントや演奏会のMC、ショップチャンネルゲストを務める。
2009年5月「虹とうたおうコンサート」開催。ジャズの第一人者前田憲男氏のオリジナルアレンジ「虹の彼方」他、数曲を前田憲男氏のピアノ伴奏で歌う。

もりや 櫟(くぬぎ)ホームページ

もりや 櫟(くぬぎ)さんは歌手であり童謡・唱歌・叙情歌の研究家でもある。ラジオ番組でMCなども務める方でとっても滑舌がよく迫力のある声が会場内に通るのでとっても聴きとりやすかった事に驚きました。やはり喋りのプロという印象でした。

唱歌は明治時代には富国強兵の役割を持っていました。時代と共に唱歌は、歌詞を変えていきます。戦後、日本の音楽教育はGHQの指導の元に西洋音楽になっていきます。その本来もっている歌詞の意味を変えていきます。

童話で有名な一寸法師の童話の話は、小人が人間を倒すシーンが小国が大国を倒す願いがこもった歌だと判断されGHQに嫌われました。

国家の「君が代」の"君"は本来、天皇のことではなく"尊敬する人・大切な人達"という意味があったそうです。

よく唱歌の作詞・作曲者の名前が「不明」と書いてあるときがあります。それは、複数名の人間で作った作品のため「不明」としてあります。当時は音楽家が歌をつくるだけでなく国の指導の元に複数名で音楽を作る事もあったそうです。

唱歌の「春の小川」をご存じでしょうか?あの歌を聞いてイメージする地域はどこでしょうか?正解は、東京都の代々木です。昔は小川がせせらぐ地域だったのですね。

今、ゆとり教育で学校での音楽の時間は週1.4時間ほどだそうです。自由と放任は違うのに同じに考えてしまっている風潮がある。童謡・唱歌で正しい日本の文化を、子ども達に伝えて行きたい。と、もりや氏は最後におっしゃっていました。
 

2011/01/14

第23回MS 土居 清美氏/支援とは何か?

タイトル:支援とは何か?
講師:土居 清美氏/認定NPO法人タヤマ実践カレッジ 理事長
日時:2011年1月21日(金)6:30~7:30
会場:逗子キングプラザ4F

土居 清美氏 プロフィール
1959年生まれ。北九州出身。小倉高校、山口大学卒業後、リクルート入社。
その後、独立し現在に至る。

平成19年にカンボジアに赴任。日本語学校を立ち上げる。平成21年にはチェンマイに2校目を立ち上げ、現在は日本と現地を往復している。
認定NPO法人タヤマ実践カレッジ Webサイト


本日は、認定NPO法人タヤマ実践カレッジ理事長 土居清美氏を講師にお迎えした。タヤマ実践カレッジはタヤマ学校が母体となるNPO法人で、現在日本に存在する約4万社のうち、200社程度(0.5%)のみに与えられる、"認定"の冠をもつNPO法人である。タヤマ学校は43年の歴史を誇る日本有数のビジネススクールであり、当会にも卒業生が数名在籍している。今回はそのご縁で講話実現したと言う訳だ。

タヤマ学校は「人はどんな人でも能力を持っています。決して能力のない人はいません。自分自身の能力を最大限に引き出し、自分自身の成功と価値ある目標を持つこと、その出発点に立つことをタヤマ学校は原点」として数々の教育プログラムを実施しており、2,500社、6万5千人以上の卒業生を輩出。その多くの卒業生である経営者、従業員が様々な業界で活躍をしている。

田山敏雄氏は経団連の会長も務めた土光敏夫氏の秘書を経験後、独自のセールスノウハウを駆駆使し、ブリタニカのトップセールスマンまでに登り詰めた。昭和42年に現在のタヤマスクールをスタートし現在に至っている。まさに日本のビジネススクールの草分け的存在の方である。

タヤマ学校の40周年に田山校長が、念願であった海外での学校設立をカンボジアで行う事を決め、帰国し、社員にカンボジア行きの志願者を募った際に、当時、タヤマ学校の社員だった土井氏は迷わずその場で挙手をしたそうだ。校長のあまりの突然の話に、他の社員は驚くばかりだったそうだが、土井氏は迷わずすぐに手を上げ、現地学校の責任者はその場で土井氏に決定した。土井氏はまさにチャンスの神様の前髪をすかさず掴み取ったのだろう。

しかし、その後は大変な日々を過ごす事になる。まずは家族の説得である。一年の多くを海外で過ごす事になるという決断をした後からの説得は非常に困難だったらしい。しかし、土居氏の熱意が家族の方々に伝わったのだろう、まずは娘さんが、カンボジア行きを肯定してくれるようになり、その後、奥様も了解してくれたそうだ。

その次の困難は開校までのハードな日程である。赴任後、開講までの期間は僅か一ヶ月!。その間に自分の住む場所はもちろん、学校施設の場所を決め、賃貸契約を済ませ、生徒を募集し・・・そして、田山校長からのもうひとつの大きなミッションである、カンボジア政府公認となり、調印式を行うと言うのだ。しかも運が悪いことに、丁度土居氏が赴任した4月は現地の正月となり、約一週間はほとんど何も出来ない空白期間となってしまったそうだ。

しかし、土居氏はリクルート時代に培ったガッツとパワーでこれらの困難なミッションを遣り遂げ、一ヶ月後の調印式は政府関係者や田山校長をはじめ、日本の関係者の多くも参加し、盛大に執り行われたそうだ。このニュースはカンボジアでもその日のトップニュースとして、TVなどでも大きく報道された。

タヤマ実践カレッジは、学びたくとも学べない、働きたくとも働けない若者達に、学ぶ場と働く場を提供し、彼らが将来自国の発展に寄与できる人材へと育成する学校であり、日本語を含め、日本の文化や習慣が学べ、しかも学費が無料であると言うこともあり、応募が殺到したらしい。その数定員250名に対し、1200名以上の応募があったそうだ。中国にGDP2位の座を奪われ、国全体が自信を失いかけているように感じる日本であるが、カンボジアへのODA拠出額世界一である日本の事は現地でもよく知られており、日本への感謝と憧れの気持ちは多くの人々の心に浸透しているそうだ。

ポル・ポト政権下で多くの知識人たちが大量に虐殺されたカンボジアは再生に向け踏み出しているが、そんな中でやはり重要になるのは教育であることは間違いない。今だ多くの人々が貧困に喘ぎ、満足な教育を受けられるはほんの僅かな人たちに限られる。平均年齢22.1歳(2008年推定値)は日本の約半分。平均寿命も50歳に満たないカンボジアは高齢化に苦しむ日本とは全く逆の若い国である。現地の人々の目はキラキラと輝いているそうだ。戦後の復興期の日本のようだと田山校長は語ったそうだ。

そんな中でタヤマ実践カレッジが果たす役割は非常に大きいのではないだろうか。学生たちの様子をDVDで見せて頂いたが、彼らにとってこの学校は希望の光なのだ。彼らの活躍とカンボジアの再建が早期に実現する事を祈りたいものだ。

タヤマ実践カレッジはタヤマ学校の卒業生の方々の善意によって運営されている。しかしカンボジアに続き、チェンマイ、そして近日ラオスへの展開を考えている状況では資金は充分と言えず、多くの方々の更なる善意を募っているそうだ。

寄付はもちろんだが、募金箱の設置など、様々な支援の方法が用意されているので、出来る事から実践して行きたいものである。

最後に、支援とは何か?土居氏は「最初は一方通行のものかと思っていたが、支援する側は、支援される側から、多くのものを与えられる」と語る。支援とはする側も、される側も多くのものを与えられるものなのだ。「人の喜び、我が喜びに・・・」 本当の支援を実践できた時、我々は多くの喜びを頂く事が出来るのであろう。土居様、本日はありがとうございました。

第22回MS 松本 光司氏/変化が表れる時

タイトル:変化が表れる時
講師:松本 光司氏/社団法人倫理研究所 法人局普及事業部 首都圏方面 副方面長
日時:2011年1月14日(金)6:30~7:30
会場:逗子キングプラザ4F

本日は倫理研究所の首都圏副方面長 松本光司氏を前日の役員研修に引き続き講師にお迎えした。松本副方面長と当会にはご縁が深く、準倫理法人会の設立時から数えて、一年半の間に3回目の訪問を頂いた。178単会を担当に持つ、松本副方面長に3回目の訪問を頂くとは、只ならぬご縁を感じざるを得ない。土佐男児の氏はいつも凛としており、我々によい意味での緊張感を与えてくれる。その容姿と身のこなしには清潔感と清清しさが溢れており、その姿を拝見しているだけで、何とも心が洗われる気がするのである。

松本副方面には、まず、本日輪読を行った『万人幸福の栞』第五条(夫婦対鏡)について、解説を頂いた。この世に存在する万物は全て対立しており、対立していないものは存在しない。明と暗、プラスとマイナス、そして男性と女性等々。対立関係にあるものが存在するからこそ、それぞれが引き立ち、存在感が増す。また、その対立するもの同士が交わる事により、全く新しい何かが生まれるのだそうだ。経営と家庭との因果関係は無いのではないかという人がいるが、それは大きな間違いであると氏は指摘する。経営者は利益を産み出だす存在である。その根源となる家庭の明朗愛和が経営者には必須なのだと・・・非常にわかり易く、納得の行く解説を頂いた。

そして、本日のテーマでもある、「変化が表れる時」について。
長年倫理の勉強をしているが、何も変わらないという人がいる。そういう人を観察していると実践が伴っていないことが多い事に気付くのだそうだ。明朗でなかったり、素直でなかったり、ハイの返事ひとつとっても、声がきちんと出ていないなど。まずは、理屈抜きにやってみる事が大事であると氏は言う。苦手な事をやってみる。出来そうもないと思い込んでいることをやってみる。MSに参加する日だけの早起きでなく、毎日目が覚めたらすぐに起きる。昨今の日本は高学歴社会となり、頭で考え過ぎる傾向があるようである。まずはあれこれ考えずに「理屈抜きにやってみる」事が大事。そうすれば、変化が現れる。なるほど、その通りであろう。

最後に、倫理は、非常識ではなく、『超常識』なので必ず実践する事で変化が現れる、との言葉を頂いた。何とも説得力がある、心強いお言葉である。前日の役員研修にて頂いた「実践を伴わない倫理は『毒』となる」というハッとさせられる言葉とともに、十分に噛み締め、頭でっかちになっていないか?実践が出来ているか?を自分自身に問い直す良い機会を頂いた。朝日の中に消えてゆく、松本副方面長の後姿を見送りながら、何とも清清しい気持ちになった。また早くお目にかかりたいものである。松本副方面長、ありがとうございました。
 

2011/01/07

第21回MS アミン・ウラー・ベーグ氏/目を覚ませ日本人!!~世界から見た日本の行方~

タイトル:目を覚ませ日本人!!~世界から見た日本の行方~
講師:アミン・ウラー・ベーグ氏/現地旅行会社 シルクロード キャラバン 代表
日時:2011年1月7日(金)6:30~7:30
会場:逗子キングプラザ4F

本日は、現在葉山在住で、パキスタンにて旅行会社を経営するアミン・ウラー・ベーグ氏を講師にお迎えした。氏は、パキスタン政府 カルチャー・スポーツ&ツーリズム省 登山・トレッキング・文化・ツアー 全科目取得の公認ガイドで、パキスタン及び周辺国のツアーのコーディネートに加え、テレビ取材コーディネーション・ジャーナリスト・通訳としても10数年のキャリアをもっておられる。先日放映されたNHKの番組のコーディネーションも氏が行ったそうだ。また、氏は10数言語会話能力を身に着けておられるそうで、日本語についても、目をつぶって聞いていたら、日本人と間違えるのではないかと思うくらい流暢にお話を頂いた。

アミン・ウラー・ベーグ氏を含め、パキスタンの人々は、親日感情が強いらしい。氏の最初の日本との出会いは三菱製の鉛筆だそう。また、日露戦争の時代に祖父がイギリス軍に従軍し、同盟国であった日本人について、勤勉、誠実という印象をもち、それを氏に良く話してくれたそうだ。また、パキスタンにおいて、当時、殆どの家電が日本製であり、高性能で耐久性の高い日本製品は、パキスタンの人々に日本の良いイメージを植え付けたようだ。
しかし、ここ10年くらいの間に現地の家電製品は殆ど中国製や韓国製に打って変わり、日本製をあまり見かけなくなってしまったとの事。現地では、日本のメーカーは家電の生産を止めてしまったというデマが流れるほどらしい。

パキスタン人のベーグ氏からみて、今の日本は本当に元気を失ってしまったように感じてならないと言う。また、政官あげての、外交やセールスの下手さ加減が非常に目に付くらしい。昨今そのような動きにより、原発プラントの受注に成功した例などが報道されているが、まだ、中国や韓国などのアジア諸国に比べると日本が出遅れている感は否めないと言う。

その他、こんな事を感じているそうだ。

・日本は60歳以上の方々が元気だ。(若い人が元気がない)
・パキスタンを訪れる観光客は9.11以降、約1/10程度になっている。現在パキスタンを訪れる観光客はバックパッカーが殆どだそう。
・日本人の女性は元気がある。ホテルやレストランを経営する日本人女性が少なくない

そこで、氏は、日本人はもっと外に目を向けるべきだ!日本のビジネスマンよパキスタンでビジネスを始めるべきだ!と提言する。
氏の母国パキスタンは、日本での報道とは裏腹に安全で多くの素晴らしい観光資源(8000m級の山岳地域や数多くの仏教遺産、「風の谷のナウシカ」の舞台とも言われる、フンザ地方・アルティット村等々)や世界遺産(モヘンジョダロやハラッパなど)を持っており、しかも日本で言われているほど危険ではないそうだ。タリバンなどの紛争地域は現地の人々も寄り付かない国境付近なのだそうだ。

例えば、パキスタンの農業人口は多いが、生産、物流など日本ほどシステマチックになったいないため、日本の洗練されたシステムは向こうでは求められるのではないかとの事。(現地のマンゴーはまだ日本ではあまり見かけないが、氏曰く、世界で一番美味しいマンゴーだそうだ。)また急成長を続ける中国とインドとの国境を持つパキスタンは地理的にも優位性が高い。
なるほど・・・である。

日本人全体が元気を失っている昨今、ベーグ氏の話は我々を大いに勇気づけ、また示唆に富むものであった。当会の会員の業種は様々だが、それぞれに海外でのビジネスという事を、意識させてくれるとても素晴らしい講話をお聞かせ頂いた。

我々の頭の中から、パキスタンという国に対する先入観は消えうせ、皆、意識は既にパキスタンへ飛んでいた。誰かとも無く言い出したツアーの話は盛り上がり、参加表明をする方が10名を超えた。言葉だけに終わらせず、ぜひ実現したいものである。新たな気付きを与えて頂いたアミン・ウラー・ベーグ氏と氏を支える奥様に心より感謝申し上げる次第である。ベーグ様ご夫妻、ありがとうございました。

パキスタン現地旅行業&取材コーディネーション/シルクロードキャラバン社
Webサイトはこちら